昨年11月30日、映画評論家の町山智浩氏と片渕須直監督がテアトル新宿での上映後トークイベントにて初対面。壇上で30分間話し続けた二人だが、まだまだ語り足りずに、バーへと移動して無観客の延長戦へ。映画『この世界の片隅に』を徹底的に掘り下げるこの対談、今回が本当に最後です!
(注)多分にネタバレが含まれています。 この記事は「漫画アクション」2017年2/21号に掲載されたものです

【第4回】

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町山 そういえば、まだお聞きしたいことがありました。最後にもう少しだけよろしいでしょうか。リンさんのカットされた部分について、最初の脚本では150分くらいになったと聞きました。その時カットされたのは、やはりリンさんの部分が多いんでしょうか。
片渕 本当はそこまで含めて2時間ちょっとのつもりだったんですが、ぎゅうぎゅう詰め込んでつまらないことになっても始まらないし、いったんかなり短く考え直した上で、残す部分をちゃんとゆったりさせようと思って。中途半端なところを落とすよりもリンさんのパートをスコッと外しちゃったのは、そこが大事なところだったからです。あの辺がないとなったら絶対に「やっぱり入れてくれ」という人が出てくるだろうと思って。そうしたらいずれまた復活させられる機運も生まれるだろうと思って。
町山 もう一つ気になっていたのは、幼なじみの水原さんが北條家に泊まりに来るシーン。あそこで、周作さんはすずさんを水原さんのもとに行かせて鍵をかけます。あれは、自分と同じく望まない結婚をしたすずさんにせめて一夜、好きな人と思いを遂げさせてあげよう、という気持ちと共に、すずさんが妊娠しないので、水原さんの子種をもらおうとしたのかとも思ったんですが。

水原哲のもとへすずを行かせる周作
片渕 いいえ。周作さんはそういう考えをする人ではないと思います。もしそういう考えをする人だったら、右手を失ったすずさんと再会した時に「けがしとんか?」なんて言わない。周作さんが恐れているのは、すずさんの心が自分ではなく哲にあるのではと心配していたことなんだろうな、と。逆にすずさんは周作さんの心が自分にあるかないかはそんなに意識しないで来ていたと思います。
北條家に戻りすずと再会した周作
町山 そうですか。径子さんが息子を奪われたり、当時は跡取りを生むことが嫁の存在意義だったので、すずさんはさぞかし肩身が狭かろうと心配した周作が妻を救おうとしたのかと思ってしまいました。あと、すずさんが精神的に追い詰められて、ついに周作さんと喧嘩になりますよね? そこをさらに機銃掃射が襲う。最悪の状況ですが、そこに白い猫をさっと走らせますよね? あれは原作にないシーンだと思いますが、監督のセンスでしょうか?
すずは周作に本音を言えずに喧嘩になる
片渕 原作にないという意味では、そうですね。あまりにも深刻になってくると、ちょっとずつ外したくなるんですよ。外すものがなんかいるだろうなと思って、猫を加えたんです。
町山 何と言うか、人間のドラマや戦争を俯瞰するように動物や昆虫が使われているんですが、あれは実写では難しいですよね。
片渕 周作さんとすずさんが本当の意味で対決している真ん中を、猫が走って行くっていう。
町山 ものすごく緊迫感のあるシーンで。
片渕 「ミャーン」っていいながら走っていく。ああやって、はぐらかしたくなるんですよね。こうのさんの場合は小鳥が好きで、漫画にもよく出てきますよね。
呉初空襲の回で、米軍艦載機とともに鳥が数羽描かれている
町山 実写映画では動物とか虫とか、意図した通りに動かせないし、CGだと不自然だし。昔、大島渚監督が※1『戦場のメリークリスマス』でトカゲを動かそうとしたけど動かないんで、周囲に当たり散らしたっていう有名な話がありますけどね。
片渕 (笑)。
町山 それ、たけしさんがラジオでバラしちゃったんですよ。「ここにね、木のとこにトカゲがいてね。サッと動くって言う。言ってみたものの、思ったように動くわけない」って。でも、アニメだったらできるんですよね。あと、爆心地で青い炎が地面から立ってるシーンがありましたよね。あれは……?
爆心地から約20‌km離れた北條家で、原爆投下によるきのこ雲を眺める
片渕 あれはリンなんですよね。遺体の。あの後、※2枕崎台風がきて、広島の被爆地の土砂が水害で流れちゃうんです。それでリンが燃えなくなるんですよ。だから、9月16日までは燃えているんです。1ヵ月ずっと。
町山 ええっ、そんなに長く? あれもたぶんワンカット、パッとあるだけだから、気がついていない人も多いでしょうね。
片渕 それはそれで構わないかなと思うんですけど、本当にそうだったんですよね。枕崎台風であの中島本町一帯が、ほとんど水没みたいになっちゃって。それで、炎が出なくなったという話なので。やっぱり枕崎台風も描かないと、そこまでは伝えきれないですよね。それで、その後B︲29が撒いている粉は※3DDTなんです。水害の後に虫が出るからっていう理由で。だから、冬になる前ですよね、あれ。
町山 枕崎台風は死者行方不明者3500人で、広島の原爆被害の調査隊も亡くなってしまった。どこの国でも空襲については明確な被害規模がはっきりしてないことは多いですね。※4ドレスデンの爆撃も、徹底的に焼き尽くされたせいで死者数はいまだに明確ではない。
片渕 ドレスデン爆撃は、直で体験した※5カート・ヴォネガット・ジュニアがいたのが大きいというのもありますね。
町山 1960年代に、彼が空襲体験を書いたので初めて、一般のアメリカ人が知ったくらいですからね。政府の隠蔽ということもありますが、従軍した兵士が語らないから。戦地で人を殺した後で、母国に帰って日常生活を続けたわけで。戦争に行った世代のことは、アメリカでは〝サイレント・ジェネレーション(沈黙の世代)〟って言うんですよ。「お父さん、何があったの?」って聞かれても、人を殺したとは言えなくて黙っていたから。父親は戦争のトラウマのせいで、妻にも本当の意味で心が開けず、冷たい夫婦関係になる。奥さんは愛を子供に向けて徹底的に甘やかして育てしまった。その家庭から出てきた子たちは、1960年代にベトナム反戦運動を起こします。その根底には1950年代のアメリカが子どもたちに戦争体験を隠したことが関係していたんです。1950年代のハリウッド映画には戦争のトラウマが隠れているんですが。最近知ったんですが、※6『シェーン』の※7ジョージ・スティーヴンス監督は、第二次大戦時に陸軍の映画撮影部隊として、連合軍のドイツ侵攻に同行して、ユダヤ人収容所の映像を撮影していたんですよ。
片渕 それは、ドキュメンタリーとして?
町山 軍の公式な記録映像としてです。※8アラン・レネが作った※9『夜と霧』は、実は、その記録フィルムを編集したものと、現在のアウシュヴィッツのフィルムを編集しただけなんですよ。大量の死体やユダヤ人の革で作ったランプシェードが出てくるんですが、あれはアウシュヴィッツじゃなくて、ドイツの収容所でジョージ・スティーヴンスたちが撮影したフィルムだったんです。その後、スティーヴンスは『シェーン』を撮るんですけど、農民の虐殺の物語になっているのは、ホロコーストの現場を見た体験からなんですね。『ロボコップ』の監督の※10ポール・バーホーベンは、ナチ占領下のオランダで子供時代を過ごしたんですけど、※11V2号ロケットの発射台があったので、連合軍の猛爆撃を食らって、その体験がバーホーベン独特の残虐描写や正義も悪もない人物描写の根底にあるんですね。
片渕 そういえば、前に行ったフランスのパ・ド・カレーに、すごいコンクリートのドームが残ってるんですけど、V2号の発射基地なんですよね。壁の厚みが20mぐらいある。壊せないから、山の天辺が丸ごとドームになってて、そこからV2号が次々出てきて、発射できるようになっている。中でまだ展示してあるのを今、思い出しました。
町山 「サンダーバード」とか「ウルトラセブン」のウルトラ警備隊が山の中からロケットで出て来るのって、V2号のイメージなんですよね。
片渕 そうそうそうそう。その実物見たんですよ、フランス行った時に。
町山 すごいですね! 山が割れて発射台が出てきて……アニメや特撮マニアが※12「ワンダバ」と呼ぶやつですね。
片渕 サンダーバード1号が、まるっきりそれでしたね。
町山 なんでも元ネタがあるもんですね。『この世界の片隅に』はゴッホのタッチの引用があるでしょう。子ども時代のすずさんが見る風景がゴッホの絵のようなタッチで、最後にまた世界が輝き始めると風景がゴッホの『星降る夜』や『星月夜』みたいなタッチになりますよね。また絵心が蘇るような……。
戦争が終わり、呉の街に再び光が灯るシーン(単行本ではカラー)
片渕 あの表現は、もともと、こうのさんがそういう絵を描いていらっしゃました。ある意味、こうの史代的な表現です。あ、もう11時40分ですね。名残惜しいのですが、もうすぐ終電なので……。すみませんこの辺で、ありがとうございました。町山さんはいろんな知識をお持ちなだけあって、お話していて楽しいですし、「ここ、ちゃんと聞いてくださるんだ」というポイントも幾つもあって。本当に良く観て下さってて、うれしいです。
町山 いえいえ。※13『少年ジャックと魔法使い』と※14『空飛ぶゆうれい船』でつながったのがうれしかったですね。『少年ジャックと魔法使い』ってピンと来てくれる人はすごく少ないので、根っこの部分で同じものを共有していたのだとわかりました。
片渕 そこで話が合うとは思わなかったですよ、今日は(笑)。
町山 いや~、本当ですね。どうも、ありがとうございました。

※1=1983年公開。デヴィッド・ボウイ、ビートたけし、坂本龍一らが共演。カンヌを沸かせ、大ヒットした戦争映画。
※2=1945年9月17日に発生した大型台風。特に広島で甚大な被害が発生した。
※3=殺虫剤。戦後、日本の衛生状況改善のために米軍が散布した。
※4=第二次世界大戦中に行われた、連合国軍による無差別爆撃。これにより、ドレスデンの街は壊滅した。
※5=1922年生まれのアメリカの小説家。
※6=1953年公開。西部劇の名作。
※7=1904年生まれ。『陽のあたる場所』『ジャイアンツ』で2度のアカデミー監督賞を受賞。
※8=1922年生まれ。アカデミー短編賞を始め、数々の映画賞を受賞したフランスの巨匠。
※9=1955年公開。ホロコーストを映像で伝え、世界に衝撃を与えた短編。
※10=1938年生まれ。『トータル・リコール』『スターシップ・トゥルーパーズ』等ヒット作多数。
※11=ナチス・ドイツが開発した世界初の弾道ミサイル。
※12=ウルトラシリーズで、防衛隊が出撃する際に使用されるBGMのこと。
※13=1967年公開。恐ろしい魔女に立ち向かうジャックの奮闘を描いた冒険アニメ。
※14=1969年公開。石ノ森章太郎の冒険ファンタジー漫画『ゆうれい船』が原作。

映画『この世界の片隅に』
原作:こうの史代 監督:片渕須直 主演声優:のん
ロングラン上映中!!

片渕須直 かたぶちすなお

1960年生まれ。TVシリーズ『名犬ラッシー』で監督デビュー。代表作に『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』など。

町山智浩 まちやまともひろ

アメリカ在住の映画評論家、コラムニスト。「週刊文春」「映画秘宝」など連載多数。近著に『さらば白人国家アメリカ』(講談社)がある。
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